【テクノロジー図鑑vol.7】エプソン『WristableGPS』後編─ランニングウオッチ+脈拍計測機能をいち早く実現!
長年愛され続ける有名プロダクトから、あっと驚く新製品まで─ランニングにまつわる気になるテクノロジーを紐解く、スポリートの“テクノロジー図鑑”。今回のテーマは、エプソンのランニングウオッチ『WristableGPS(リスタブルGPS)』です!
エプソンの『WristableGPS)』は、GPS機能や脈拍計測機能を搭載したランニングウオッチ。ウルトラマラソンにも安心して臨めるほどの長時間稼働と、高精度な位置情報と脈拍計測が魅力です。日本国内でウオッチやプリンター、プロジェクターなどのさまざまな機器を開発・製造してきたエプソンだからこそ実現できた技術が詰まっています。
そんなWristableGPS。“長時間・高精度”を実現しているのは、いったいどんなテクノロジーなのでしょうか。長野県塩尻市にあるセイコーエプソン株式会社塩尻事業所にお邪魔し、お話を伺ってきました。後編では、脈拍計測機能の開発を担当されたウエアラブル事業部の高橋有亮さんにお話を聞きます。
ランニングウオッチに脈拍計測機能を搭載
──WristableGPSの脈拍計測技術はどのように開発が始まったのですか?
GPSチップ開発についての話でもあがったように(エプソン『WristableGPS』中編)、当社での脈拍計測の技術にも実は歴史があります。まず、1995年に『セイコーパルスグラフ』というランナー向けの脈拍計測機器を製品化しました。腕に大きな液晶画面があって、指につけたセンサーで脈拍をはかるというものです。当時は世界的にみてもこのような製品は珍しかったですね。エプソンの「ユニークな製品を生み出そう」とする社風から生まれた製品だともいえます。おそらく、開発担当者がランナーだったことから開発されたのでしょう。
──基本的な脈拍計測の技術は、その頃と共通しているのですか?
基本的な部分は共通していますね。ただ、セイコーパルスグラフもそうだったように、脈拍を計測するセンサーは、肌表面に血流が多く信号がとりやすい指や、手のひらにつけることが一般的です。医療機器でも指にセンサーをつけますよね。しかし、WristableGPSでは肌表面に血流の少ない手首で計測する必要があります。また、腕振りや外光の影響で計測がしづらくなるという問題もクリアしなければなりません。そこで、腕で高精度な計測をするためにいろいろな工夫がされました。ちなみに、いちはやく脈拍計測機能に注目し、GPS機能付きランニングウオッチにその機能を搭載し発売したエプソン製品により、国内で脈拍計測機能付きのGPSランニングウオッチが広く使われるようになりました。(注)WristableGPSは医療機器ではありません。運動の目安としてご使用ください。
──さまざまな問題をクリアするために、どのような工夫がされたのか気になります。まずは、脈拍計測の基本的な仕組みについて教えていただけますか?
簡単にいうと、LEDで光を当てて、血管から反射して戻ってくる光を測定することで脈拍を計測しています。皮膚に光を当てると血管まで届き、体のなかで光が散乱して、また戻ってくるんです。このとき、血液の流れにしたがって、どくんどくんと明るくなったり暗くなったりを繰り返します。これは、血液中のヘモグロビンが光を吸収する性質を持つから。どくんと心臓が血液を送り出した瞬間にはたくさん流れてくるため、暗くなる。そして、流れが落ち着くと明るくなる、という繰り返しなんです。その周期性をみることで、脈拍数を計測しています。
──では、手首で高精度な脈拍計測をするために工夫した点はどんなところだったのでしょうか?
まずは、外光の影響を抑えるための工夫をしました。医療機器などでではセンサーに赤外線を使うことが多いのですが、そのままランニングウオッチに使うと太陽からの赤外線に邪魔をされてノイズになってしまうんです。しかも腕振りによっていろいろな方向から外光の影響を受け、巨大なノイズが発生します。このノイズを防ぐために、光の色を検討することになりました。ちなみに、セイコーパルスグラフでは青色の光を使っていましたが、青い光は波長が短いため、光が届く範囲が狭くなります。それだと肌表面の血液が少ない手首では信号を得づらくなってしまうので、青色の光よりも深くまで届くものにしよう…ということで、最終的に緑色の光に落ち着きました。これによって、きちんと血管まで光を届けることができ、なおかつ太陽光などの影響も受けにくくすることができます。
また、時計と腕のすき間から入ってくる光の影響を最小限にするために、斜めから入ってくる光をフィルタリングし、計測に必要なLEDの光のみ捕える「角度制限フィルター」や、緑色のLED光以外を通さないようにする「多層薄膜フィルター」も搭載しています。フィルターには、プロジェクターのレンズに使われている技術なども活用しており、社内のほかの部門の技術者にも相談をしながら開発を進めました。腕振りによってグラグラすると明暗が変化してしまうため、それをキャンセルしてくれるデジタルフィルタ処理の技術も搭載しています。
このように、脈拍計測に重要なのは光なんです。そのため、WristableGPSを使うときはできるだけぴったりと着けていただき、腕とウオッチの間にすき間ができないようにしていただけると、より高精度に脈拍計測ができるかと思います。
──精度を磨いていく過程で、印象的なエピソードなどはありますか?
寒いと血管が縮んで信号を取りづらくなるので、試験のために冷凍庫の部屋に入ってトレッドミルを走ったりしました。風が吹くことを想定して、扇風機も置いて…(笑)。このように実際に計測してみないと検証できないこともあるため、開発者たちはいろいろなシーンを想定してとにかく走って精度を確かめています。
──WristableGPSの大きなテーマには、“低消費・高精度”がありますよね。消費電力を抑えるために工夫されたことはありますか?
LEDを使えば使うほど、それだけ多くの電力を使うことになります。そのため、省電力を目指すためにもできるだけLEDが光る時間を短くしたかったんです。そこで、ランニング以外のときは光を点滅させて、少しでも点灯時間が短くなるようにしています。光を強くしたり、増やすなどすれば単純に高精度化することはできるかもしれませんが、同時に省電力を実現するには信号を受ける側の工夫が大切です。WristableGPSでは、センサーの精度を磨くことで、計測精度の向上と省電力化を実現させています。また、従来は脈拍計測に3つのICが必要だったのですが、1つの専用ICに統合することで小型化にもつなげました。
──今回お話を聞いて、ランニング時に腕で脈拍計測をすることの難しさを初めて知りました。そして、数々の問題を乗り越えた結果、低消費・高精度な機能を実現されたのは本当にすごいです! ありがとうございました!
WristableGPSの開発に携わられたみなさん