【テクノロジー図鑑vol.6】エプソン『WristableGPS』中編─ランニング用にカスタムされた自社開発のGPSチップ
長年愛され続ける有名プロダクトから、あっと驚く新製品まで──ランニングにまつわる気になるテクノロジーを紐解く、スポリートの“テクノロジー図鑑”。今回のテーマは、エプソンのランニングウオッチ『WristableGPS(リスタブルGPS)』です!
エプソンの『WristableGPS』は、GPS機能や脈拍計測機能を搭載したランニングウオッチ。ウルトラマラソンにも安心して臨めるほどの長時間稼働と、高精度なGPS計測と脈拍計測が魅力です。日本国内でウオッチやプリンター、プロジェクターなどのさまざまな機器を開発・製造してきたエプソンだからこそ実現できた技術が詰まっています。
そんなWristableGPS。“長時間・高精度”を実現しているのは、いったいどんなテクノロジーなのでしょうか。長野県塩尻市にあるセイコーエプソン株式会社塩尻事業所にお邪魔し、お話を伺ってきました。中編では、主にGPSチップの開発に携わられてきたウエアラブル機器事業部の牛山憲一さん、山形整功さん、WP企画設計部の郷原直樹さんに、GPSチップのテクノロジーについてお聞きします。
GPSチップまで自社開発
──WristableGPSに搭載されているGPS機能は、どのように開発が進められてきたのですか?
牛山:もともとエプソンでは1994年ごろにGPS技術へ着目するようになり、1996年から技術開発に着手。1998年には、GPS機能を世界で最も早く実用化する商品として、今でいうスマートフォンのようにカメラ、タッチパネル、PHS機能を一体化させたガジェット『Locatio(ロカティオ)』を開発/発売しました。これは米国で権威あるスミソニアン協会のホームページでも、GPS機能搭載の代表的な商品の1つとして紹介されています。
(https://timeandnavigation.si.edu/multimedia-asset/seiko-epson-digital-assistant-1997)
その後、携帯電話やカーナビなどにもGPS技術が活用されるようになり技術提供した経緯もあります。現在ではウオッチ製品に注力した開発を推進しています。
山形:WristableGPSの軸になっているのは、エプソンが長年培ってきた時計の技術と、GPSセンサー、そして脈拍計測の技術です。エプソンではすべて自社でテクノロジー開発を行ってきていて、それぞれ歴史があるんです。
郷原:こういった流れのもと、ランニングウオッチに搭載するためのGPSチップを自社開発することになり、とにかく電池持ちをできるだけよくするためにも、徹底的に“低消費”を追求することになりました。もちろん、精度の高さをキープすることは大前提です。
──カーナビなどにも活用されてきたGPS技術をランニングウオッチに搭載するうえで、大変だった点などはありましたか?
郷原:通常、カーナビなどに搭載されているGPS機能は、アンテナがつねに上をむいているため電波受信の状況が良いんです。でも、ウオッチに付けた場合は腕振りによって動き続け、いろいろな方を向くことになりますよね。するとアンテナの位置も変化するため、軌跡がばらばらになってしまうんです。そこでわれわれは、体動、つまり腕の振りを検知して、できるだけエラーを小さくする技術を開発しました。
──その技術はどんな仕組みなのでしょうか?
郷原:簡単にいうと、腕振りの周期を感知して平均化することで、信号の波形のバラつきを自動で補正します。人によって腕振りのリズムが違っても、加速度のセンサーによってきちんと感知・予測することができます。
山形:もうひとつポイントになっているのが、“マルチパス”を除去してくれる技術。マルチパスとは、大きなビルなどが立ち並ぶ地域でGPS信号が反射して、誤差を生んでしまうことです。都市でGPS計測をすると、位置情報が飛んでしまった経験がある人も多いと思います。そこでわれわれは、建物から跳ね返った電波はキャッチせずに、直接来る電波だけを受信できるような仕組みを開発しました。ざっくりいえばAIのような感じで確率分布を計算し、“もっともらしい”ほうの信号を自動で選択してくれる技術です。ほかにも精度を高めるために、日本の真上を通過する準天頂衛星「みちびき」に対応したり、独自開発のGPS計測専用アンテナを搭載するなどしています。GPS信号は受信状況が大切なので、外装の形や部品の位置などでも精度が左右されます。だからこそ、すべて自社でカスタムして開発できるということも、高精度を実現できた大きなポイントです。
──それだけ高性能なGPSチップを搭載するということは、本来ならば消費電力もかなり高くなるはずですよね。WristableGPSではどのように低消費電力を実現したのですか?
郷原:WristableGPSの消費電力の半分以上はGPS計測が占めています。ではどのように電力を抑えているかというと、“間欠動作”で必要に応じて電力の使用量にメリハリをつけているんです。つまり、信号が強い環境では少ない電力でも受信することができるため低消費にし、反対に弱いところではしっかり受信できるようにパワーを高めます。このように、状況に応じてリアルタイムで細かく稼働を制御することで、電力を節約しているんです。
──小さな腕時計のなかにこんなにもさまざまな技術が詰まっているなんて、改めてすごいと感じました。開発の過程ではどのように試行錯誤が重ねられてきたのですか?
郷原:何度も試作をして、実際に信号をとって繰り返しシミュレーションにかけてみたり…とにかくひたすら試しながら改善を重ねていきました。シミュレーションに使うためのGPS信号をとるために、3キロくらいの重さがある機材を背負って、開発チームのみなさんに10キロほど走ってもらったこともあります。
山形:機材から配線がつながっていたり、アンテナが出ていたりして、それを背負って走ると結構怪しいんですよ(笑)。しかも、ビル群でのデータをとりたいので、人が多い都心でやらなければいけない。すっごく怪しくて恥ずかしいんですけど、何度もやりました。
──GPSチップまで自社で開発できるからこそ、ランニングウオッチ向けにカスタムされた高精度な機能を実現することができたのですね。長年、さまざまな機器やテクノロジーを開発してきたエプソンならではのポイントです。
後編では、WristableGPSのもうひとつの軸ともいえる脈拍計測のテクノロジーについてお伝えします。