【テクノロジー図鑑vol.37】PUMA(プーマ)編─レベルを問わず誰でも履ける新厚底ソール『ニトロ フォーム』とは? 話題のカーボンプレート搭載シューズ『ディヴィエイト ニトロ』も
長年愛され続ける有名プロダクトから、あっと驚く新製品まで─ランニングにまつわる気になるテクノロジーを紐解く、スポリートの“テクノロジー図鑑”。第37回目のテーマは、プーマから “誰でも履けるみんなの厚底”として新登場したミッドソール「ニトロ フォーム」です!
ランニングシューズ界では、ここ何年かで「厚底」のソールがトレンドになっています。トップレベルの選手がこぞって着用するなど注目を集めることの多い厚底シューズですが、ものによってはその高反発さから、アスリート以外のいわゆる市民ランナーの間では履きこなしが難しいとされてきました。
しかし! 2021年にプーマから新登場した「ニトロ フォーム」は、“誰でも履けるみんなの厚底”として生まれたミッドソール素材。ニトロフォームが搭載されたシューズは、レベルを問わず多種多様なランナーが反発とクッションを味わえるとして、注目を集めているのです。
今回は、シューズアドバイザーの藤原岳久さんとともにプーマ ジャパン株式会社を訪ね、話題のニトロ フォームについてお話を伺ってきました。答えてくださったのは、ランニングカテゴリー責任者の大藤(おおとう)さんです!
特別なテクニックがなくても履きこなせる、新しい厚底ソール
藤原(敬称略): ニトロフォームは厚底ソールながら安定感とバウンドのバランスが良く、初心者から上級者まで誰でも履けますよね。本当に画期的な素材です。
大藤(敬称略): ありがとうございます。ランニング界では近年、厚底ブームということがありますが、厚底シューズは誰もが履けるものではなかったんですよね。ある程度トレーニングを積んで、走り方だったり、筋力だったりが備わっていないとなかなか履きこなせないということがありました。
藤原: ハイバウンドの厚底ソールは、反発の高さやクッションのやわらかさから、どうしても不安定になってしまうことがありますからね。
大藤: とはいえ、やはりランナーの方々も新しいテクノロジーを使ってみたいと思うでしょうし。我々としても、多くの方々に厚底シューズの楽しさ、快適なライド感を体験していただけたらということで、「誰でも履けるみんなの厚底」というコンセプトのもとニトロフォームを開発しました。
藤原: 誰でも楽しめる厚底ソールには、反発性の高さだけではなく、接地したときの安心感、安定感も必要です。ニトロフォームは、まさに安定感も得られるものになっていると感じます。
大藤: ニトロシリーズのランニングシューズでは、ニトロフォームをフルレングスで搭載していますので、かかとから着地する人も、ミッドフットの方も、もちろんフォアフットの方も、どこで着地しても反発性を得られます。そういう点でも、ランナーのタイプを選ばないのではないかと。もちろん、上級者の方にはスピードを体感していただけますし、初心者の方でも反発性を楽しんでいただけるようになっています。
藤原: これまでの厚底シューズでは、足裏の接地・蹴り出しの位置によって反発の得られ方に違いが出ることがありましたからね。どこで蹴っても反発を得られるのは履きやすさの大きなポイントですよね。ちなみに、ニトロフォームは金型にいれて窒素ガスを噴射して作っているんですよね?
大藤: そうです。EVAなどいろいろな素材も試しましたが、反発性、クッション性、軽量性、そして耐久性をバランスよく発揮できるのが今回の素材でした。プーマの従来のEVAの商品と比べると、46%軽くなっています。
藤原: 従来のEVAはクッション性や軽量性を高めるために気泡を大きくするのが主流だったと思いますが、窒素ガスを噴射することでものすごく細かな気泡を密に作ることができ、結果的にこれまで以上の軽さやヘタリにくさも実現できるようになったわけですね。設備や技術は従来のEVAから活用できる点もあるはずで、プーマさんの培ってきた技術と新しい素材を組み合わせて生まれたのが、今回のニトロフォームだったと。
大藤: そういうことです。ただ、苦労した点も多くて。窒素ガスの量など、微調整を相当繰り返して、テストも何度も行いました。反発性を求めすぎると耐久性が理想に届かなかったり、軽量性を求めすぎるとつぶれすぎてしまったり、バランスをとるのが難しいんですよね。理想の状態にたどりつくまでに相当時間がかかりました。ですが、プーマとしてはこれまでにもイグナイトフォームやハイブリットフォーム、プロフォームライトなど、ミッドソールに特化したテクノロジーを長年開発してきました。そのベースがあったので、「誰でも履ける厚底」を実現できたと思っています。
初心者ランナーもカーボンプレートの反発性を楽しめるシューズ「ディヴィエイト ニトロ」
藤原: ニトロシリーズのなかでも「ディヴィエイト ニトロ」は、カーボンプレートが搭載されているモデルですよね。レベルを問わず、厚底さらにはカーボンの反発性まで楽しめるシューズが登場したことで、ランナーたちの走り方の幅が広がりそうです。
大藤: ディヴィエイト ニトロは、我々としても今回のニトロシリーズのなかで一番代表的なプロダクトとしてアピールさせてもらっています。ニトロフォームがフルレングスで搭載されていることに加え、今言っていただいたようにカーボンプレート「イノー プレート」が入っているのが大きな特徴です。
藤原: イノー プレートにも、誰でも履きこなせるようにするための秘密があると聞きました。
大藤: カーボンプレートの形状が二股に分かれているのがポイントです。蹴り出す力は、最後は拇指球から親指にかけて伝わります。二股に分かれていることによって、最後の蹴り出しまでプレートに力を乗せやすくなり、効率的に反発を推進力として生かせるようになっています。そしてもうひとつの大きなポイントが、カーボンプレートのカーブが他社さんの製品と比べて若干ゆるやかになっていること。もちろんカーブを深くすればするほどしなりが強くなり、反発性が生まれやすくなりますが、そのぶんプレートの芯に当てないと効率的に反発力を得られないという代償が生まれるためです。
藤原: 野球のバットやテニスのラケットと一緒で、スイートスポットに当てなければうまく反発を得られないというのが、厚底カーボンを履きこなすことの難しさとされてきましたからね。
大藤: おっしゃるとおり、トップ向けのカーボンプレートは1回1回の着地を芯に当てるテクニックが必要になりますが、ディヴィエイト ニトロのプレートはやや直線的になっていますので、反発性はトップ向けのカーボンプレートと比較すると少し落ちるものの、それほど芯を気にすることなく確実に推進力を得られるようになっています。
藤原: 忖度なしでいうと、これを履いたからといってものすごく速く走れるようになるというわけじゃないんですよね。ただし、間違いなく効率は上がっていくので、結果的に速く走れる人が増えるという感じですよね。
大藤: まさにそのとおりです。誰もがカーボンのメリットを享受できるようにというところで、こちらもかなりテストを繰り返して、この形状にたどり着きました。どこで着地しても推進力を得られますし、疲れてきて左右の着地がブレてきても、真ん中に力が集まりやすい構造になっています。
藤原: ディヴィエイト ニトロを履いて走ると、リズムがいいので気持ちよく走れます。走る距離が長くなればなるほど、筋活動量的なところでじわじわとプラスになってくるんじゃないかと思うんです。だから僕は、短距離の選手なんかにもテンポアップに使ってもらうといいのかなと思います。
大藤: まさに、サニブラウン選手をはじめとする短距離の選手にも、こちらを履いてトレーニングしていただいています。
藤原: ですよね。ずっとスパイクを使うわけではなく、走りこみのときにこのシューズを履くといいんじゃないですかね。リズムがすごくとれるので。
あとは、ヒールストライクしてもブレにくくなっているんですね。かかとにもこういうのが入ってますし。
大藤: ヒールの部分にTPUのサポートのパーツを入れていますので、かかとで着地したときにも、左右のブレを抑えることができます。安定感を求めているニトロフォームですが、やはり柔らかいとどうしてもブレが生じてしまうんですよね。ベッドやクッションの上でジャンプしたとき、左右のブレを感じるのと同じです。それを、このTPUパーツで抑えています。
藤原: 「プーマ グリップ」のグリップ力も安心感があります。
大藤: アウトソールに搭載されたプーマ グリップが、今回登場してから非常に多くの方に好評いただいていまして。このグリップ力が、反発性にも貢献してくれています。しっかりとグリップすることによって、蹴り出しの力にもつながっていきますから。若干厚みがある素材となっており、エッジングなどでグリップ性を高めています。
藤原: これまではTPUのアウトソールが主流でしたが、最近ではプーマ グリップのように飴ゴム感があるというか、粘りを感じられるような合成にしているんでしょうけど。F1のタイヤみたいに。
大藤: 良いポイントをいただきましたが、プーマはスポーツブランドのなかで唯一モータースポーツもやっていまして。その技術も取り入れています。
藤原: 耐久性のテストなどにもモータースポーツの技術が活かされているのですね。
大藤: そうです。それから、耐久性というワードが出ましたが、へたりにくいというのもニトロフォームの大きなアピールポイントになっています。ミッドソールそのものが丈夫なことに加えて、プーマ グリップが耐久性にも大きく貢献してくれているんです。
藤原: アウトソールは全面につけようとするほど重くなるので、軽量化のいちばんの難敵とも言えます。だから、最近ではアウトソールがないブランドさんもありますよね。でもプーマさんはしっかりある。それで重量が……
大藤: 255gですね。
藤原: ですよね。しっかりとアウトソールがあって、耐久性もあって、その軽さを実現できているなんて、やっぱり非常にバランスがいいですよね。
大藤: アッパーのフィット感も高いので、履いてみると数字よりも重さを感じないという声もいただいています。
藤原: ラストも新しくなったんですよね。
大藤: 今回のニトロシリーズの開発ではプーマとしても日本を最重要マーケットに定めており、日本人の多くの足型を本社に提供しました。それで、日本人にフィットしやすいラストになっているかと思います。
藤原: 僕もまさに日本人ラストなんですよ。だからこのシューズは前足部に余裕があって、かかとがきちんと閉まっている感じで、フィット感がとてもいいですね。あとはブーティ構造になっているのもフィット感を得やすいポイントなのかなと思います。
大藤: ありがとうございます。
藤原: このシューズはフルマラソン以外で履いてもいいんですもんね。
大藤: もちろんです。
藤原: それがすごく大事ですよね。せっかくなので、ディヴィエイト ニトロを履くときは普段のジョギングでも、自分なりのスピード出して走ってみてほしいですね。ちょっとそこらへんをダッシュするだけでもいいので。ポンポン跳ねる感覚を味わってみてもらいたいなと思います。このシューズのよさが一番出るところですから。それと、厚底のシューズは反発を無意識に待ちながら走ることがリズムの崩れにつながることがありますが、ディヴィエイト ニトロにはそれがないです。だから、僕みたいにいろいろな厚底シューズを履いてきた人が、一度リズムを取り戻すために履くのもいいかもしれませんね。
足の感覚をフラットにしてくれる軽量シューズ「リベレイト ニトロ」
藤原: 先ほども少し話しましたが、僕、厚底病なんですよ。いろいろな厚底シューズを試しすぎて、自分の接地した感触と進行度があわなくなってきているんです。そういうときには、「リベレイト ニトロ」のようなシューズで足の感覚をリセットしてあげることも必要だと思っています。
大藤: リベレイト ニトロは、軽量性にこだわったモデルです。ソールの高さに関してもディヴィエイトよりは低くなっていますので、とにかく軽さを求めながらも、ニトロフォームのクッション性、反発性がほしいという方に向けたものになっています。スピードトレーニングなどに使っていただきやすいモデルです。価格的にもニトロシリーズのなかではエントリープライスなので、履き分け用にも良いかと思います。
藤原: リベレイトは、接地感があって自由です。それでいて、プーマグリップも存分に味わえる。こういうシューズを履いて走ると、フォームを考えるきっかけになると思います。もう一度、自分の足のバウンドを感じられるんですよね。普段、シューズの機能に助けてもらいながら走っている人は、ときどきリベレイトのように自分の足を使えるシューズでしっかり練習することも大事だと思います。
大藤: トレーニングするときは、カーボンの力には頼りたくないという方もいますからね。普段は自分の筋力でトレーニングして、カーボンはレースのためにとっておくというのもありですから。
藤原: リベレイトはちゃんと自分の足で踏めるんですよね。速く走れるかはわからないけれど、しっかり自分の体でフォームをつくれます。接地感を味わうことができるシンプルなつくりながらも、ニトロフォームのクッションもきちんとあるという点で、こちらもバランスがいいですよね。せっかくこれだけ軽いので、基本的にはワークアウトやテンポアップに使ってもらうのがいいんじゃないかなと思います。
大藤: 我々としてもスピードトレーニングですとか、そういうところでぜひ使っていただきたいと思っています。アッパーに関しても、透けるような1層のスーパーライトモノメッシュを使っていますので非常に軽量になっています。
藤原: できれば、ジュニアの選手とかにもこういうので練習してほしいなと思いますね。体がまだできあがっていない人ほど、まずはリベレイト ニトロのようなシューズでしっかりとした接地感を身につけてもらうのがいいんじゃないかと思います。
新しいソールをきっかけに、ランニングの楽しみ方が広がる
藤原: 昨今のランニング業界のトレンドとして厚底ブームがあるなかで、プーマさんがニトロシリーズを生み出したことにより、ランナーたちが走ることの新たな楽しさに気づいてくれるといいですね。
大藤: そうですね。コロナ禍を経て、健康やスポーツへの意識が高まったのもあり、これまでランニングをしていなかった人も走り始めている実感があります。そんななかで、ブームやトレンドから入ってもらうのもぜんぜんいいと思うんです。それが、今回でいうと「厚底」や「カーボンプレート」ということ。そこから興味を持ってもらい、実際に履いてみてもらって、走ることの楽しさに気づいてもらえたらうれしいですね。プーマとしては、より多くのランナーのみなさんに厚底を楽しく履いてもらいたい。そして今回のニトロシリーズをきっかけに、ランニング人口も増やせたらと思っています。
藤原: ぜひプーマさんには、タイム以外の走る楽しみをランナーさんに届けるきっかけになってほしいなと思います。僕も仕事柄タイムを目指さないといけないときもありますが……決してタイムを目指さなくても、自分なりのテンポでリズムよく走れていれば楽しいじゃないですか。いったんタイムを忘れて、ニトロフォームの感触を楽しみながら、自分の体の可能性を試してもらいたいと思います。
大藤: おっしゃるとおりですね。ニトロシリーズについて、販売先の方やお客さまから「これはサブいくつのランナーをターゲットしたモデルですか?」と聞かれることがあるのですが、タイム軸でのターゲット設定は特にはしていないんです。誰でも履けることをコンセプトにしており、ゆっくりしたペースでもクッションと反発を感じて気持ち良く走ってもらえますし、スピードを上げてもカーボンと反発のニトロフォームが効いてストライドが伸びますので、あらゆるレベルのランナーのいろいろなシーンで使えるなど、使い方もそれぞれですから。ただ、やっぱり日本のランニング界ではまだまだタイム軸での価値観が根強いので、難しいこともありますね。我々のシューズが、タイム以外でのランニングの価値を届けるひとつのきっかけになれば非常にうれしいです。
藤原: サブいくつって言うのは、日本だけですからね。海外ではタイムを気にせず楽しむ人がほとんどですから。楽しい状態で続けて、後から記録がついてくるのがいいんじゃないかなと。記録ばかり気にしていると、いろいろなものを見失いますから。これ、僕自身に言っています(笑)。シューズの気持ちよさも味わいながら、効率をあげて。ニトロ フォームのポンポン弾むような反発性と、安心感のあるクッションを味方につけて、ランニングで遊んでほしいなと思います。