〜あのランクラブの原点〜 「地域に根付いたイギリスのランニングクラブのように、誰もが楽しく走れる場を作っていきたい」


2020.1.20

ランニング人口の増加にともなって今では数多くのランニングクラブが設立され、練習会や大会参加などがさかんに行われています。そうしたランニングクラブの代表を訪ね、どのような理由でクラブを立ち上げ、運営を行っているのか、伺っていくシリーズです。海外のランニングクラブに憧れ、2005年に会員制のランニングチーム「Harriers」を設立した安喰(あぐい)太郎さん。チームを立ち上げる前には、イギリス留学をして公認コーチの資格も取得しています。ランニングクラブを作ったのは、一度は辞めたランニングに再び湧き上がった熱い想いがあったから。そしてランニングが安喰さんの人生に与えた影響はとても大きなものでした。今に至るまでのストーリーを伺ってきました。

新聞記者志望からランニング専門誌の編集者へ

学生時代は野球や陸上といった部活動を経験しました。陸上は高校から始めて3000m障害をやっていて、大学でも競技を続けるつもりでした。でも怪我もあってあまり活躍できず、マネージャーに転身しましたが、自分の中で陸上に対するモチベーションが上がらずに退部し、その後は軟式野球部に入部します。走ること自体は、実は今でもすごく好きだという訳ではないんです。でも当時は怪我もあったし、長時間の練習を強いられる大学の部活のやり方にも馴染めず、走ること自体がすっかり嫌になってしまっていました。

将来何をするかということで、就活では新聞記者を志望。なかなかの狭き門でしたが、ある専門紙に入ることができ、そこで1年は頑張ろうと決意します。すると、ちょうど2年目に入った頃に雑誌の『ランナーズ』の求人を目にしました。それまで陸上でも競技系の専門紙は読んだことがありましたが、市民ランナー対象の雑誌というのは意外にも未読だったんです。でも面白いなと思って転職を決意し、そこから6年間、『ランナーズ』の編集者として各地の大会に行ったり、市民ランナーを取材する生活が始まります。そして、再び自分でも走り出すことになりました。それが人生の大きな転機でした。

自分でランニングクラブを作りたいと夢見て、まずはイギリスへ

取材などに行くことで大勢のランナーとコミュニケーションするうちに、「走るっていいな」と再びランニングへの情熱が燃え上がっていきました。嫌になっていたランニングをもう一度やってみるのもいいなと思うようになったのは意外でした。そして走り始めると仲間も大勢できて、中でもイギリス人の仲間が多かったことで、日本とは全く違うイギリスのランニング事情を知ることになりました。あちらには地域ごとにランニングクラブがあって、共同のクラブハウスを利用し、コーチもいます。地元クラブに所属して走るのが文化として根付いているようでした。その話を聞くうちにとても楽しそうだなと感じ、次第に自分でもランニングクラブをやってみたいという夢を抱くようになりました。その根底には、私自身が『ランナーズ』を通して出会った多くの人に助けてもらった、という感覚があったからです。多くのランナーに触発されて、再びランニングを楽しめるようになったことに感謝があり、その気持ちを還元できる活動をしたいと感じました。自分がランニングをすることで人生が楽しくなったように、走ることで生きがいを感じて欲しいし、またそうした人たちの楽しい居場所になるクラブを作りたいという気持ちは、いつしか止められないほど強くなっていました。『ランナーズ』への入社から5年が経った頃でした。

2003年の夏、私は会社の有給休暇を利用してロンドン、リーズといったイギリス各地を周ることにしました。話に聞いていたイギリスのランニング事情を実際に体験したかったからです。現地ではレースに出たり、地元のランニングクラブに連絡して練習に参加させてもらったりしました。中にはいきなり押しかけたクラブもありますが(笑)、みんな受け入れてくれて嬉しかったです。いろんな土地に行きましたが、その中でピンときたのがロンドン南西部にある、エクセターという小さな都市です。田舎でのんびりとしたところですが、地元にはクラブチームの「エクセターハリアーズ」があり、土地の雰囲気がとても気に入って、ぜひここで勉強をしたいと思うようになりました。

イギリスの公認コーチ資格取得のため渡英するも、難しさにあわや挫折

1年後の2004年の9月、私は遂に会社を辞めてイギリスへコーチ留学に出発しました。英国陸上競技連盟公認コーチ資格(UK Athletics)を取得するためで、拠点は例の気に入ったエクセターです。このコーチ資格のレベルは1〜4まであり、私はまずレベル1からスタートし、レベル2の取得を目標にしていました。英語でコーチ役の人とディスカッションしながら実技などを行いますが、ランニングクラブとも連携した受講内容になっており、「エクセターハリアーズ」でアシスタントコーチをして、そのレポートを書くといったこともカリキュラムに含まれていました。しかし授業はもちろんすべて英語。ろくに話せない私にはかなりハードルが高く、レベル1を取得したところで限界を感じてしまって、チューターに「ここで辞めたい」と電話をするほど追い込まれてしまったんです。でも辞めるという私をチューターが必死に励ましてくれてなんとか踏みとどまると、5カ月くらいかけてレベル2の資格を取得することができました。大変な半年でしたが、あそこで辞めずによかったし、私を助けてくれた人たち全員に感謝するばかりです。

海外でコーチ資格を取ったのは理由があります。アスリートをコーチングするのがコーチです。しかし日本では体育協会公認の指導員という称号はありますが、公認コーチという資格自体がないんです。でもやはりやるからにはアスリートをモチベートし、技術的な指導をするコーチングを仕事にしたかったので、イギリスまで資格を取りに行ったという訳です。イギリスでは良いコーチに恵まれましたし、コーチング方法や選手のドリルのメニューも日本とは違って豊富で、勉強になることが多かったです。アスリートのモチベートについても、海外では大いにほめて伸ばしますが、そういったことも体験できたのはよかったですね。

夢を実現し、会員制クラブチーム「Harriers」が誕生

2005年、日本に帰国して遂に自分でランニングクラブの立ち上げに着手します。当時の日本にはランニングクラブのようなものはまだ少なかったのですが、先進的な取り組みをしているところに見学に行き、運営方法について検討するなどしました。私の考えに賛同してくれたのは5名。志を同じにする仲間と一緒に、会費を納めてもらう形で運営していく会員制ランニングチーム「Harriers」を立ち上げました。「Harrier」というのは英語で走者の意味があり、イギリスのランニングクラブには「◯◯Harriers」という名前がついていることが多いんです。それを参考にしてうちのチームの名前にさせてもらいました。当時はランニングクラブが日本に少なかったこともあり、興味を持って参加してくれる人は徐々に増えていきました。ランニングブームも何度か来ましたが、地道に活動を続けて2019年で14年になり、会員数は述べ320名を越えました。コーチとして参加してくれる人も若手からベテランまでさまざまです。私も今はカルチャースクールの講師としても声がかかるようになり、幅広くコーチ活動を行っています。

クラブ運営のやりがいは、やはり幅広い世代の人と交流できることではないでしょうか。当クラブの会員には20代から60代までいますが、若い人からは明るさや元気をもらうことができるし、若い人はベテランから学ぶことも多いでしょう。運営にあたってはコミュニケーションの楽しさを感じてもらえる場にしたいと考えていましたが、実際誰もが気安く声を掛け合う様子を見ていると、少しは実現できているのかなと思います。

運営をする上で課題はたくさんあります。ただ、これだけは守っていきたいと思っていることは、このクラブをずっと継続していくことです。私が引退したらなくなってしまうのではなく、若い人を育てて、私のあとを誰かが継いで「Harriers」をいつまでも存続していける体制にするのが目標です。そんなことを意識しながら、これからも多くの人と出会い、楽しく走れる場として運営を続けていこうと思っています。

プロフィール

安喰太郎(あぐい たろう)

Harriers代表。英国陸上連盟公認コーチ。日本体育協会公認陸上競技指導員。フルマラソンなどに出場する傍ら3000m障害にも再びチャレンジし、2019年の全日本マスターズ陸上競技選手権では世代別のクラスで優勝。2020年のトロントで開催される世界マスターズ出場を目指している。
安喰太郎

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