〜あのランクラブの原点:多摩サブスリーをめざす会〜「市民ランナーでもサブ3で走れる! 人々に勇気を与えたクラブ」


2020.3.4

ランニング人口の増加にともなって今では数多くのランニングクラブが設立され、練習会や大会参加などがさかんに行われています。そうしたランニングクラブの代表や主要メンバーを訪ね、どのような理由で設立し、運営を行っているのか、伺っていくシリーズです。今回フォーカスするのは、「多摩川サブスリーをめざす会」。毎週末に多摩川沿いを30km走るクラブで、その名のとおりサブスリーをめざすランナーたちが参加しています。1996年発足で、今ほど市民ランナーが一般的になっていないころから高い目標を持って走りつづける、いわばランニングクラブの先駆けのひとつ。運営に携わるメンバーに、今に至るまでのストーリーと、これからについて伺ってきました。

今回は、2019年12月に開催されたチーム主催イベント「多摩サブフルマラソン2019」にお邪魔しお話を聞かせてもらうことに。
発足メンバーの一人である石塚さんと、前会長の松並さん、現会長の西村さん、そしてクラブの広報窓口である林部さんに、それぞれインタビューしました。

多摩サブスリーをめざす会 とは?

毎月第一、第三土曜日・第二、第四日曜日に府中市健康センター駐車場に集合し「多摩川かぜの道」で30km走を行うランニングクラブ。インターバル練習や40kmペース走、合宿などレベルアップのためさまざまな練習も行っている。「サブスリーを目指す」という共通目標によって、初心者からベテランまで幅広い層のランナーがつながる。現在会員数は約100名。
https://tamasub3.jimdofree.com/

多摩サブフルマラソン とは?

多摩川サブスリーをめざす会が主催するランニングイベント。マラソンシーズンに、ランナーたちが自分の実力を把握する機会として行われる42.195kmのタイムトライアル。多摩川沿いを走るフラットなコースで、なおかつ目標タイムごとにペーサーもつくなど走りやすさが魅力。2019年は非会員も数多く参加し、総勢100人ものランナーがタイムトライアルに挑戦した。

市民ランナーでもサブ3達成が可能なことを世の中に証明!雑誌やテレビでも話題に

──「多摩川サブスリーをめざす会」が発足したのはいつですか?

石塚さん:1996年の5月です。私は学生時代に陸上部で5000mなどのトラック種目をやっていて、社会人になってからも健康のために走るのを続けていました。それで別の走友会に参加していたのですが、家が多摩川の近くで。せっかく走りやすい道があるからということで、多摩川の近くに住むランニング仲間とサブ3をめざして一緒に多摩川沿いを走るようになったのが、多摩川サブスリーをめざす会の原点です。

──30kmという距離設定も当初からあったのでしょうか?

石塚さん:発足当時からありました。フルマラソンの大会に向けた練習にはやはり30km走が必要だということで。「多摩川に30kmのコースを作ろう」という目標を掲げたのも、発足のきっかけのひとつです。自分たちで計測器を使ってコロコロと距離をはかり、30kmのコースを決めました。今でも同じコースが使われています。

──発足してまもないころは、どれくらいの人が参加していたのですか?

石塚さん:初めのころは5、6人でした。それからこのあたりを走っている人に少しずつ声をかけたら、仲間が増えていって。メンバーのなかにパソコンが達者な人がいて、発足一年目くらいからホームページも作ったんですよ。90年代でまだインターネットが今ほど広がっていなかった時代には、めずらしかったと思います。
走ったあとはみんなで一杯飲むのも恒例で、ランニング以外の雑談もしたり。平日いそがしく働くメンバーにとってのストレス解消の場という感じですね。その後も人数が増えていくうちに、きちんと会としての形を整えていこうということで、10年ほど前に松並さんに会長になってもらったんです。ダラッとした集まりではなく、みんなで目標を持って練習をしていくには、誰か先頭に立ってくれる人が必要ということで。

松並さん:それで、5年ほど前まで会長をやっていました。私が入会したころは、まだメンバーは10人くらいでしたね。私は陸上競技経験がなくて、学生時代は走るのがいちばん苦手だったのですが、40歳にさしかかるタイミングで健康のために走り出したら、ハマってしまって。大会にも出るようになって、サブ3を達成できたらいいな、と思っていたときに加わりました。当時は男性のサブ3の比率が3〜5%くらい。そこに入れれば自慢できるし、自分にとっても自信になると思ったんですよね。そのためにはある程度強い練習もしなければいけないということで。やっぱり、一人で30kmを走るのはいろいろとつらいですから(笑)。

──松並さんが会長になってから、どんなことが変わっていったのでしょうか?

松並さん:まず練習は「毎週30kmを必ず走る」と、明確に決めました。それまでもやってはいたのですが、きちんとルールにしたのはこのときです。あとは、良い練習にするために、しっかりとペースを守って走ることも決めました。今では人数もだいぶ多くなったので、1キロあたり5分ペース、4分半ペース、4分ペースなど、レベル別に組をわけながらペース走をしています。夏は合宿もするようになりましたね。 それともうひとつ、参加者は保険に入るようにもしました。このコースはランナーだけのための道ではないので、自転車や歩行者などもたくさん通ります。人を集める以上、万が一のことを考えての対策にもより一層気をつけるようになりました。道路の使用許可もきちんととって活動しています。

石塚さん:松並さんが会長になってクラブとしての形ができていくと、いろんなランニング雑誌も取材に来るようになったんですよ。2000年にはNHKの番組にも取り上げられて、うちの八田くんというメンバーが長野マラソンで初サブ3をめざす挑戦が特集され、無事に目標達成できました。当時は東京マラソンもまだできていなかったころ。市民ランナーでも3時間以内で走れる、ということが世の中に広く伝わったのは、あのときが初だったんじゃないかと思います。中継でもかなり映されて、当時は話題になったんですよ。

──お二人が感じる「走ることのよさ」を教えてください!

石塚さん:走ることによって、なんでも自信がついてきますよね。仕事が厳しくても、「俺は走っていて体力があるから、こんなのぜんぜん大丈夫だ」と。私はもう73歳で、今はもう30kmを走ることはなくなったのですが、毎週の10kmランは続けています。もう年だけれど、同年代の人よりも体力があるぞ、と自信が持てると前向きになれます。

松並さん:自分の身体と対話できるのも良いところですよね。今の自分の状態が読める。これは、毎週走っているからこそわかるものでもあるかもしれません。スポーツにはピークがあるので、そのピークを大会本番に持っていくためにコンディションを整える、という感覚も身につきました。これはスポーツに限らず、生き方にも当てはめて考えられること。練習も、人生も、つらい時期があってもそれを乗り越えれば、かならずピークがやってきます。

「ここに来れば30km走れる」と思われることが強み

──西村さんが会長になられた経緯を教えてください。

西村さん:私は11年前に入会して、7年前に会長に就任しました。もともとこのあたりは地元で、陸上部だった学生時代にもよく多摩川沿いを走っていたんです。社会人になってからはしばらく走っていなかったのですが、40歳すぎくらいから健康とダイエットのためにまた走るようになって。その頃は転勤で別の場所に住んでいたので、その地域のランニングクラブに参加しつつ、また地元に戻ってきたのを機にこちらに参加するようになりました。

──現在は100人以上の会員がいるとのことですが、どのようにメンバーが増えていったのですか?

西村さん:私が会長になったころはまだ40〜50人ほどだったので、ここ10年ほどでメンバーは入れ替わりながらも倍以上になったということですね。やはり、毎週かならず30kmを走っているというクラブはなかなかほかにないので、サブ3をめざしているランナーのみなさんには興味をもってもらえることが多いのではないでしょうか。神奈川や千葉、埼玉から参加しに来る人も少なくありません。うちはほかのクラブとの掛け持ちも自由なので、マラソンシーズンだけ参加する、というような人もいます。

──おっしゃるとおり自分一人で30kmを走るには、コースを考えたりする準備面も、長時間走り続ける精神面でも大変なので、「ここに来れば走れる」という安心感は大きいと思います。

西村さん:そうなんですよね。同じことを続けてきたからこそ、ペース設定や給水、安全対策など、仕組みの面もだいぶできてきたと感じています。今は30km練習以外にも、交流やモチベーションアップの機会として、駅伝やリレーマラソン、ウルトラマラソンなどにチームで参加したり、活動の幅も広がってきていますが、「毎週30km走る」という軸はこれからも変わらないと思っています。

楽しむことを忘れずに、高い目標に向かって

──林部さんは、クラブの運営でどんなことを担当されているのですか?

林部さん:私は広報担当という位置づけなので、会員募集だったり、外部の方との関わりを主に担当しています。現在は私も含めて7、8人の実行委員がいて、会計やペース担当など、それぞれ大まかな役割が決まっています。その中で、私は全体に関わりながら、広報やイベント運営に主に携わっているというイメージです。 たとえば、今回の「多摩サブフルマラソン」では「モルテン」さんの試飲や「ホカオネオネ」さんのシューズ試履きも行われていて、こういった協賛の企業さんにご協力をお願いするのも私の仕事です。うちの会員にはシリアスなランナーが多いので、ドリンクやシューズにもこだわりを持つ、研究熱心な人が多いんです。だからこそ、こういったイベントがパフォーマンスアップのきっかけになれば、ランナーにとって良い機会になりますし、企業さんにとっても商品を広めるお手伝いになればと思い動いています。

──林部さんはいつからクラブに参加されているのですか?

林部さん:私は13〜14年ほど前から参加しています。学生時代は野球をやっていて、山梨県の高校で甲子園の一歩手前まで勝ち進んだことがあるのですが、走る練習は大嫌いで。大人になってからは走ることとは無縁の生活を送っていましたが、30歳を過ぎたあたりから、少しずつ健康のために走るようになったんです。いざ始めたら、速くなっていくのが楽しくて、どんどんのめりこんでいきました。今はフルマラソンだけではなく、ウルトラマラソンや200kmマラソンも好きで、長い距離を走るのがメインになっています。
クラブでは以前からイベントなどがあればちょこちょこ手伝っていて、本格的に運営に携わるようになったのは、ここ3年くらいですね。

──クラブを運営するうえで、大切にされていることはどんなことですか?

林部さん:あくまでも趣味の会なので、みんなが楽しめるようにという、ホスピタリティ精神を大切にしています。私自身も会の運営は好きなこととして、楽しみながらやっています。みなさんサブ3を真剣にめざしているランナーなので、とても真面目な人が多いんですよね。だからこそ、役職についていない会員のみなさんも、普段から運営に快く協力してくれます。全員がサブ3という目標を持って来ているので、これからもそういう人たちが切磋琢磨しながら、速くなっていくことを楽しめたら。そのためにも、変わらず30kmを毎週走り続けることもそうですし、合宿やイベントなど、楽しみながらモチベーションを高められるような機会をたくさん提供できたらと思っています。

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